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もったいない!
この言葉は、ある国の国連大使により”津波”と同じように、この日本語が世界共通語となっているようだ。
確かに、この国は大量消費時代というものを経験し、それまでの物の無かった時代からすれば、こういった大量消費などは、”もったいない”という、一語に尽きるのかもしれない?
だけど?
時代の流れというか、個人消費が伸びれば伸びるほど、先進国は基より、発展途上国や、開発途上国にまで波及されるといものが、背景にはあるのではなかろうか?
食べ物についても、こんなものまで捨てるの?だとか、食べれないのだったらそんな量を買わなければいいのに!とか、家庭のことのみならず、飲食店のゴミについてまで、あれこれと、この”もったいない!”といった言葉を多用するマスコミも人も、そして政治かも多くいる。
これも、衣料でみれば、まだ着れるのにだとか?ファッションばかりに目を配り...だとか、とにかく”ケチ”をつけてどうするのだろうか?
需要と供給のバランスが経済の発展で、これが、かつては、人・もの・金という代表的な言葉で話されていたが、これは製造業が主流の時代の言葉であり、さっこんではサービス業が主流になっていて、この人・もの(財・サービス)・金といった、”あいまい語”までも含みながら、形の見えにくいものにまで、評論する時代になってきた。
もったいない!
でも、野菜とかって、昔から沢山取れた年は、お百姓さん自ら余ったものを畑の肥料にしてたりしてたそうだし、衣料なんかも、日赤や国連などを経て、開発途上国に渡っているだけでなく、ウエスといって、工場などでは清掃用として再利用されたりもするらしい...
先に述べた、食料についても諫早湾埋め立てで、この国の食事情についても、とっくの昔に、国のトップは安定供給出来るように考えているようだし、化石燃料に変わる資源についても企業レベルだが、かなりの開発研究が進められているようだし、すべてがすべて、もったいないといって、買わないようになれば消費しないようになればなるほど、益々、国が貧乏になってしまう。
俺もモールとか、アウトレットモールまたはデパートに出かけるが、お年よりは相変わらず、キチントした衣服を纏っているものの、モノを買っているようには全く見えないし、こんな”ただ乗り”の人がまだまだ、大きな顔をしている時代が、まさにもったいない!と、思ってしまう。
モールとかに出かけたなら、ベンチで座っているより、カフェとかででも、すこしはお金を落としなよ~!皆さん!
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