江戸時代の偉人伊能忠敬は| 地図制作のエキスパート

江戸時代の偉人伊能忠敬は| 地図制作のエキスパート

伊能忠敬
伊能忠敬は江戸時代の商人、測量家であるといわれています。
彼の残した大日本沿海輿地全図という日本全国を足かけ17年もかけて実際に測量し地図としたそのものは、外国の地図の専門家たちをもうならせたほどの正確さであり、のちの新たなより精度のあがった測量法と照らし合わせてもこの地図は凄いと思わせるものだそうです。

この伊能忠敬、当時は家督相続といって自身の職を長男に譲り隠居生活に入ったと同時にこの大日本沿海輿地全図というものの制作のため日本国内の測量を始めたというからまたまたびっくりと2度めの驚きともいえます。

それというのも、この時代、現代のように鉄道や車などあるわけでもなく、すべては自身の足で歩きまわりということでその快挙を成し遂げたということなのですから。

この伊能忠敬の測量がどんなものだったかということで、暇な芸能人達が数人集まってその当時の測量法をもとに、とある地域の地図の制作のまねごとをやっていましたが、その測量のために数日間かけるため、現地で泊まる場所まで確保しながら、また、道路のない場所など特に崖地や海岸線などは地元の漁師さんや地元の町民の人に応援を求めていましたが、、この伊能忠敬が実測するときも同じように、漁民などの応援もあってその地図の完成へとこじつけたそうです。

当時の移動手段(時速は憶測値)
歩行 時速 3km/h~3.5km/h (未舗装路とわらじ等と考えるともっと遅かったかも)
馬  時速 4km/h前後
籠  時速 4km/h前後
船  時速 6km/h ~12km/h程度(帆船は除く)

また漁師や町民の協力要請は町役場を訪れて設備をつかって広くアナウンスしたり、また協力してくれる人々のクッション的役割も手伝ってもらっていましたが、その当時の漁民との交渉などもおそらくご自身たちで行っていたようで、それはそれは泊まる場所、食事、そして移動、測量またまた宿泊と17年という年月をただ延々に黙々と続けた彼らの功績は今の日本にとっても大切なものになっているに違い有りません。

ちなみに、その芸能人の数日かけて行った測量でおこした地図もほぼ正確なものだったようです。

大日本沿海輿地全図[検索]