Anxiously

Anxiously

「夏実ちゃん、ちょっとこれ手伝って。」
琴美が呼んでいる。

「は~い!」

「カッカッカッカッ。」
夏実の小走りに走る靴音。

「夏実ちゃん、仕入れの件で。・・・」
幸樹が頭を抱えながら呼んだ。

「あっ、夏実ちゃん、いいよ。」
琴美が、一人でやるからと、目で合図した。

「琴美さん、ごめんごめん。」

「えっと~、幸樹君、今日の仕入れ予定の伝票は、ここにあるから。・・・」

「夏実ちゃん、マダムに来客なんだけど、何処行ったかわかりませんか?」

奈緒美が、夏実の側で打ちした。

「あっ、マダム、今、オフィスでバイトの面接行ってるの。・・・」

「代わりに私が、接客するわ。」

「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。」

夏実のヒールの音が、フロアに響く。

「蔵屋敷様、今日は遠い所から来店頂きまして、ありがとうございます。」

「まあ、夏実ちゃん、綺麗になったわね~。」

「そろそろ、良い、縁談でもあるのかしら?・・・」
お店の上得意のお客様がお世辞を言った。

「そうそう、今日は、この服に似合うスカーフをと思ってねえ~。」
「私は、こっちがいいと思うけど、夏実ちゃんは、どう思う~。」

「蔵屋敷様の、今日のお洋服の色で見ると、それも素敵ですわ。」

「そ~う?」
「じゃあ、これにしょうかしら?」
「ん~、後、お帽子も、見てもらいたくて~。」

キャップコーナーに移動する、二人。

「ねえねえ、今日お店に来て、一番にこの赤いお帽子が目に入ったの。」
「だけど、あまりにも派手ではないかな~って。・・・」

「そんな事は、ありませんわ。」
「この帽子と、このスカーフ、ん~?」
「そして、この白いカーディガンを合わせると、派手な感じも、和らぎますし。」
夏実は、キャップコーナーの側にあった、商品を持ち、お客の肩にかけ、正面の
鏡を見ながら言った。

「後、この靴を合わすと、グッと渋さが出てきますわ。」
夏実は、今度は左側の足元にあった、靴を取りあげ言った。

「まあ、そうだわね~。」
「夏実ちゃん、お上手だわ~。」
「おほほ~。」

「これはこれは、奥様~。」
「ご来店ありがとうございます。」
面接が終わった、マダムが、挨拶に来た。

「あらあ~、マダム、今日はこれから会食に出かけるの。」
「それで、ちょっと寄ってみたのよ~。」
「そうそう、あなたの娘さん、綺麗になったわね~。」

夏実は、このショップのマダムの娘だった。
しかし、まだ、大学生で、試験休みや、休日に、母の店を手伝っていた。
「それで、夏実ちゃんに、コーディネートしてもらったら。」
「これがまた、いいじゃな~い。」
「夏実ちゃんも、マダムと同じでセンスいいわね~。」

マダムが目配せをし、夏実と接客を変わった。

この女性客は、押しに弱いタイプで、次々と商品を提示すると、全てを購入して
くれる。
この不景気の時代、客単価をあげるには、こういう女性客が必要だ。

「ふう~。」
夏実は、センターブースに戻り溜息をついた。

このお店は、アパレル関連のファミリーショップで、レディース、メンズ、そして
キッズ全ての商品を取り揃えている。
父は、市内でメンズブティックを経営し、ここのショップは、母が経営し始めた、
まだ1年のお店である。

「夏実ちゃん、ご苦労様でした。」
ディスプレイを終えた、琴美が御礼を言った。

平日のオープン当初から、お気軽な奥様達が、それぞれの友人達とのランチの会食場で、
着飾った容姿を披露したくて、来店してくる。

押しに弱いタイプから、初めから購入するものを決めている頑固なお客。
現金のお客も入れば、カードで支払うひともいる。

時には、クレジット会社のブラックに入っている人、売り掛けのお客等、かなりの
神経が必要となる。

「うん。」
琴美に笑顔で答える、夏実。

「そうそう、幸樹君、仕入れの伝票の件は、わかった?」
同じブースにいた幸樹に声をかけた。

「う~ん?」
「伝票はあったけど、これ、あわないんだ~?」
幸樹は、バックスタッフで、仕入れ商品にバーコードのタグを作成している。
年は、私より5歳年上だが、父のブティック店から、3ヶ月前、このショップに
応援として来ている。

また、幸樹君と呼ぶのは、私が中学生の時に入社してきた事で、目上に失礼だが、
この君づけで呼ぶようになっていた。

「う~ん?」
「俺、ちょっとオフィスに戻って、確認してみる。」
幸樹は、裏にある事務所に行った。

「夏実、これお願い!」
母が両手一杯に、商品を持ち、ブースに返ってきた。

「ピッ!」「ピッ!」「ピッ!」「ピッ!」「ピッ!」
バーコードリーダーで、タグを読み取る夏実。

「いつもありがとうございます。」
「ご会計は、こちらのほうとなっております。」
レジの表示は、12万8000円となっている。

「では、こちらで。・・・」
惜しげも無く、この上得意様は、ゴールドカードを出した。

月商8億円をあげるためには、こういったお得意様の消費がとても大切である。
何れは、このお店の経営側に入る身。
大学のゼミも人物講座等を選考している。

「ありがとうございました。」

「夏実ちゃん、キッズに接客に入って。」
装着している、骨伝導ワイヤレスへ呼び出しが入った。

「あのお~、この服の色違いが欲しいんだけど?」
「少々、お待ち下さい。」
ストック商品を、バックステージにチェックに行き、探すが見あたらない。

「お客様、申し訳ございません。」
「只今、この商品は、あいにくこの色しか残っておりません。」

「う~ん。」
「ねえ、うちの子には、これでも似合うかな?」

「今日のお子様のお洋服は、ちょっと暗めの色ですが、こういった淡い色の時は、
この色がお似合いと思えますが。」
商品を重ね、色あわせをしながら説明する夏実。

「そうね~、じゃあ、これお願いします。」
「後、これも。・・・」

「ありがとうございます。」
夏実はお買い上げ商品をレジに持っていく。

「ピッ!」「ピッ!」
「ご会計は、こちらのほうとなっております。」

「じゃあ、これで。」
庶民の殆どが持っているカードを差し出すママさん。

「お支払いは?」

「あっ、来月一回で。」

「チッチッチー。」
「では、こちらのほうにサインをお願いします。」

「はい。」
商品を袋に入れ、手渡す、夏実。

「ありがとうございます。」
オープン始めは、お気軽主婦。
お昼前頃になると、バギー族と呼ばれる階層が主体になってくる。

お店の客層も時間の経過とともに移り変わり、ようやく、一段落してきた14時頃。

店員が交代で休憩に入っていく。
今は、まだ、手伝いという気軽な立場であるが、経営者側の身内である夏実は、
休憩も店員すべてが終わってからとなる。

「ふう~。」

「夏実ちゃん、足大丈夫?」
琴美が、ヒールの高いパンプスの、片方を脱いだ夏実を見ていった。

「うん。」
「まだ、ちょっと、痛い。」

「慣れるまで、きついからねえ~。」
F1層に満たない、若い女性を相手にするブティックならば、Tシャツにジーンズ、
そして足元は、スニーカーとかミュールでいいだろう。

しかし、F層,M層をターゲットとするショップであれば、全国何処のお店でも、
黒を基調した服装で、足元もパンプスかサンダルくらいをチョイスしなければならない。

毎日の仕事であれば、その窮屈さも緩和されるが、週2~3回となれば、中々慣れる
はずもなかった。

「琴美ちゃんと夏実、休憩に入って。」
「後、休憩終わったら幸樹君の所に行って。」
マダムから、連絡が入った。

「琴美ちゃん、じゃあ一緒に行く?」

「そうねえ~。」

父のブティックは、道路沿いにあり、晴天,雨天の状況は、ウインドウ越しに見える。
しかし、モール内にあるこのショップでは、休憩に出て初めて、外部の天候がわかり
、慌てて、傘を取りに帰らなければいけないことも多々ある。
また、併設された駐車場から、そのまま店内に入るため、傘を持っている客も少ない。

丁度この日も、外は雨。
いつもは、道路の対面にある、中華料理屋へ行くのだが、モール内の和食店に入った。

席についたテーブルの隣で、こちらを見ている若い男性がいた。
その男性は、じっと夏実を見た。

接客の仕事の経験者なら、この人の目に気づくと、背筋がピン!と、伸びる癖が体に
染み付いている。
また、女性としても、見られる事が大切であるのは承知だ!

この若い男性の視線に琴美ちゃんと夏実は、姿勢を正した。

「今日、朝から不思議と学生が多いよね~。」

「今日、全国の高校生は休みだって?」

「何、それ?」

「うん、弟が言ってた。」

「へえ~、私の時代にはそんなのなかった。」
「いいなあ~。」
琴美は、羨ましそうに言った。

先ほどの、若い男性は、先に店を出ていた。

「さあ、そろそろ帰るかな?」
おなかも満腹になった琴美が、幸せそうに言った。

食事の終わった琴美と、ショップに帰った。
琴美はセンターブースへ、夏実はオフィスに向った。

「幸樹君何かな?」

「あっ、夏実ちゃん。」
「朝の伝票で・・・」
「それで、もう処理終わった。」
幸樹の説明で、ミスプリであったのがわかった。

「夏実、外人さん。 接客について。」

休む間もなく、また店内に戻るはめになった。
この仕事は楽しい、しかし、夏実には苦手なお客もいた。

「May I Help You!」<

「this one Please!」

「good! your best-matched!」
夏実の苦手なお客は、外人さんではない!

母方の祖母は、洋服の縫い子さんをしていた。
当時は、ブティックは都会にしか存在せず、殆どの女性服は、オートクチュールで、
母も、祖母が仕上げた、その服を、発注元の、女性専門店へ、お届けする手伝いを
していたらしい。

また、大学卒業後、オイルショックの煽りを受け、そのお店に就職し、お客様の
接客術やノウハウを学んでいた。

 

しかし、このオープンなモールでは、外人さん等の来店も多く、今は、英会話を
習っているが、まだ、母には積極性も芽生えてない。
そのため、私がいるときは、全てそのお鉢が回ってくる。

「夏実ごめんね~。」
母が、側に来て言った。

「うん、いいよ。」
こんな仕事をしていると、早くに大人の世界に引きずりこまれる。
お客さん、商品の仕入れでの問屋さん、そして、テナントとして入っている、
モール側の人、また、隣近所のお店の人々。

色々な人との接触も多く、それはそれで楽しいが、友人達との会話もかけ離れ、
年の近い異性には、興味もなくなっている。

「あ、今日は早くあがるよ?」

「いいよ、夏実は、まだ学生だもんね!」

「夕子ちゃんと?」

「そう、19時に待ち合わせ。・・・」

「夕子ちゃん、彼氏いるんでしょう?」

「うん、だけど、今日は暇とか?」

「キリのいい所でね。」
母は優しく言った。

ぼちぼち、学生が多くなる時間となった。
夏実は、メンズのパンツコーナーにいる、男性の接客についた。

「何かお探しですか?」
私は、目一杯の trade Smiling face をした。

振り返った顔を見ると、和食店にいた、私達に視線を注いだ男性だった。
この振り返った男性は、あの時と同じように、私を、上から下までじっと見た。

「う~ん、いや、見てるだけで・・・」
男性は、振り返り言った。
しかし、この男性は、その場を立ち去る時に
「ぷぷ~っ!」
と、右手を口にあて、笑った。
私も、その態度には、一瞬”むかついた”

ショップを出て行った、男性を尻目に、近くにいた、別の男性の接客についた。

こうして、毎度ながら、多くのお客さんの接客をした。

ふと時計を見ると、待ち合わせ時間直前だった。

「お先、あがりま~す。」
ワイヤレスの一斉送信で、店員全員に挨拶した。

ロッカーに行き、コートを羽織ると、待ち合わせの場所に向った。
バックから携帯を取り出し、メールの受信をした。

「♪~♪」

[夏実、ごめん~。]
[今日、彼氏が突然帰ってきて・・・]
[ごめんね~、今度埋め合わせは、必ずするから。]
[マジ、ごめんねえ~。]
夕子のメールが届いてた。

仕事中も携帯を持ちたいと、この時ほど思った事はなかった。
今更、引き返してもと、思い、最近整備されたHarborに一人向った。

Harborには、カップルが多くいたが、ハンバーグのセットを買って、シーサイド
にある、外のベンチに腰掛た。

「あのお~、ここ座っていいですか?」

「あっ、いいですよ!」
隣に置いていた、バックを避けて、顔をあげた。

「あっ?」
あの失礼な男性だった。

「誰か、待ってるの?」
失礼な男性は、まだ失礼な事を言うもんだ。
相手にしないようにとも、考えたが、何故かこの男性が持っている何かが、私の
口を開かせた。

「う~ん、友達にドタキャンされちゃって・・・」

「あるある、そういうのは俺も、しょっちゅう。」

「ありがとう。」
一応、気を使っているのだと思えた。

「えっとお~、女子大生でバイトかな?」

「う~ん、確かに女子大生でえ~、バイトかな?」
「あのお店は、母が経営してるの・・・」
「だから、バイトでなく手伝いかな? あはっ。」

「それよりも?」

「あっ、俺、水月ケンジです。」

「?」

「あっ、旅行で来てて・・・」
「あっ、旅行でなくて、バイト先で出張かな?

「ふふふ。」

「へえ~、バイトで出張ってあるんだあ~。」

「あっ、そこの社長さん、俺の親の友達で・・・」

「大学生?」

「いや、高校生だよ。」
失礼な男は、年下だった。

「えっ、高校生?」
「学校は?」

「あっ、休み、休み・・・」
「そういえば、弟も休みだったな。」
「信じてなかったけど、全国の高校生は休みだって言ってたからねえ~。」

「でも、モール歩いてる高校生らしき人、一杯いたよ?」
そういえば、そのようだった・・・

「最近、ついてないんだあ~、私。」

「ついてないって?」

「うん。」
「今日のドタキャンでしょ~。」
「ドタキャンは、今年になって既に、2/3は、されてるかな~?」

「そりゃあ、彼氏に違う彼女が出来たんだ・・・」

「うふふふ。」
「相手は、女性よ。」
「ふふふ。」

「それとお~。」

「それと?」
ケンジを横目で見ながら、続けようか考えた。

「あのね、好きな人が出来たのよ・・・」

「それって、いいことじゃん。」

「それが、それが名前も知らないし~。」
「あっ、お客さんなの。」

「毎週土曜日のお昼過ぎに、お店にみえるひとなの。」
「結構カップルが来店するし、もちろん、ご夫婦もいっぱい。」
「仲がよさそうな人達もいれば、どちらかだけが商品に興味を持っている。」
「友達のような夫婦もいるしね。」
「ほら、よく空気みたいなって、言うじゃない?」

「あっ、俺、それ知らない。」

「あら、そう?」
「その空気みたいな存在って、女の子は理想なの。」
「その奥さん、見てると、あ~愛されてそうって・・・」
「ご主人、ずっと見守ってるの、奥さんを・・・」
「それ見てたら、あ~この人と・・・」
「この人に、抱かれたいって、思っちゃったの。」

「それって、先々は不倫ってこと?」

「うん。」

「女性は不倫嫌うのじゃないの?」

「ううん~ん。」
私は、首を横に振った。

「まあ、嫌う人もいるとは思うけどねー。」
「でも、私は、この人とならって・・・」
「一回だけでなく、何回も、いや、何年も抱かれたいって。」
「奥さんいてもいいの。」
「あの人は、奥さんも、私も愛してくれるだろうって。」
「絶対、そうだ!って。」
「ほら、二股とか三股ってあるじゃない。」

「うん。」
ケンジが頷いた。
「それと同じじゃないけど、この世の中、一杯いるようだし。」

「二股、掛けられてるの知ってると、怒る女性いないの?」
ケンジが聞いてきた。

「うん。」
「ほら、浮気は知らなければいいとかって言う人いるじゃん。」
「でも、薄々感じてる女性も多いのよ。」
「でも、自分の所に来てくれたとか、帰って来たとか。・・・」
「私の事、気にしてくれてるって、思う人もいるのよ、きっと・・・」

「・・・」<
ケンジは、思い当たるのか、無言だった。

「もしかして?」
「virgin?」

「ええ~っと、ケンジ君だっけ。」
「君、答えにくい事、ズバリ聞くわね~。」

「そうよ、virginよ!」

「皆ね、Rost virginとかって、高校くらいから、あせってる娘いるけど。」
「私は、好きな人に出逢うまでって、思ってるの。」

「それは、同じじゃん。」

「全然、同じじゃないわよ。」
ケンジを睨むように言った。

「ほら、好きな人とって。」
「高校の時に好きな人が出来たら、そうなる・・・」

 

「あっ、そうか、そうね~。」
「そんな人もいるわね。」
「あははっ。」

「で、その人と、その後コンタクトあった?」
ケンジは、”ずけずけ”と聞いてきた。

「ううん?」
「まだ、無い・・・」
「でも、レジで清算する時、私をズット見てたの。」

「それって、目が悪かったとか?」

「あははっ、それだったら残念!」
「でも、刺激かな?」
「女は、見られてるって、刺激が欲しいのよ!」
「背筋が、ピンッ!って、伸びるの・・・」

「でも、こうして話聞いてると、何か違うなあ?」
ケンジが意味ありそうに言った。

「何が?」

「うん、芯が通ってるような?」

「そりゃあ、そうよ!」
「だって、私は熊本の女! 熊本の女は、火の国の女たい!」
「あははは~。」

この失礼なケンジのおかげで、気持ちはすっきりとした。

「ボク?」
「じゃあねえ~。」
と、手を振って、家路についた。
その私の顔は満面の笑みだった。

明日は、土曜日、あの、あの苦手なお客が来店する日だった・・・
[ 完 ]