[ねぇねぇ、梓、夏実のあん噂。知っとるね?]


[なんなん?知らん知らん、なんの噂?]


[なん知らんとね?みんな知っとるよ。]


[あー、もしかして夏実が不倫しとるていう噂ね?]


[わからんねぇ。まぁ恋愛は理屈じゃなかけんね。]


私は、この地域の生まれでない。

今日も、仕事を追え、一人、この女性客が噂話や、グチをこぼす居酒屋で遅い晩御飯を取っていた。


「ふう~。」

「あ~あ。」

「なんで、こんな仕事を選んじゃったのかしら・・・」

1人溜息をつきながら、焼酎を飲んでいた。


大学を卒業し、東海地域の寡占企業の系列会社へシステムエンジニアとして、入社したのが4年前だった。


 2年間は必死で、受注したプログラムをひたすら打ち続けその成果を認められ、この熊本に新しく建設される、工場の中枢のシステムを製作する、ワーキング

グループに抜擢された。


「そうそう、私の名前は平林裕香。」


これからは、女性の感性がオートメーション化された、設備や装置を稼動させるには必要だという社命を帯びていた。

この2年間は、仕様書と、にらめっこしながら、ベースとなるプログラムの

改編を行い、その集大成として、2週間前に、この地にやってきた。


半年前、首都圏近郊の同社工場のリプレース工事で、現場は経験させてもらって

いるが、この地では、主任という肩書きで、赴任されている。

今日は・・・


「あ~もしもし、平林さん聞こえますか?」

「只今、テーブルの下部、点検位置に到着しました。」

ハンドレシーバに声が入ってくる。


「はい、岡田君聞こえるよ!」


「木村、電気室に到着しました。


「木村さん到着、了解!」


「佐々木もメインルーム到着~。」


「佐々木さん到着、了解!」


「では、シュミレーションに入ります。」

「Push Botton ON!」

「はい、A点通過、B点Limit switch ON!」

「はい、C点通過。」

「あれ、C点通過したけど、タイムアップしたわ?」

「岡田君? 物はどう?」


「岡田ですが、平林さん、ちょっと止めて下さい。」


「はい、Stop!しました。」


「木村さん電源解放願います。」


「電源解放了解!」


「電源解放しました。」


「木村さん、了解!」


「岡田君、いいわよ?」

「はい、ちょっと確認します。」


「あらら、工事残材が引っかかってますう。」


「またなの?」

「ちょっと待ってて!」

裕香は、現場事務所に向った。


現場事務所には、クライアントの神崎建設担当所長と、神崎と同じ会社の、他県

工場でエンジニアをしている、岡崎博がいた。


「あのお~、今日もまた、残材がかかってて、それで仕事にならないんですが?」

「これで、2日連続だし、仕事も進まなくて困るのですが?」


神崎所長は初めての所長職を拝命しているため、張り切っていて、つい先日も、

仕事の調整で、私にセクハラ紛いの発言をしてきた。


「あっ、はい!」

「明日の朝ミーティングで伝えます。」


「じゃ、よろしく。」

裕香は部屋を出た。


「やれやれ、あの女性、結構ヒステリーっぽく、突っかかってくる。」

「女はおとなしくしてろってんだ。」

神崎がぼやいた。


「俺、ちょっと見てきます。」

岡崎が席を立ち、言った。


「はい! もう一回行きます。」

「それでは、皆準備して下さい。」


「木村さん、電源投入願います。」


「投入依頼了解!」

「電源入れました。」


「了解!」


「では、シュミレーションに入ります。」

「Push Botton ON!」

「はい、A点通過、B点Limit switch ON!」

「はい、C点通過。」

「G点、X点・・・」


「はい、モニターOK!」


「岡田君、そっちはどう?」


「はい、OKです。」


「じゃあ、これで終わります。」

「はい、Stopしました。」

「木村さん、電源解放願います。」


「解放了解!」


「解放OK!」


「了解!」


「ふう~。」

岡田、佐々木、木村達メンバーが帰ってきた。


「今日は、これで終わり、明日は、この隣のテーブルのチェックを行います。」

「・・・・・・・・・・・」

「今日みたいな残材が無いことを祈ってます。」

「じゃあ、又、明日。」

「これで、終礼終わります。」

「お疲れ様でした。」

この様子を岡崎がただ見つめていた。

「ったく、見るだけでいいのかよ、お前は。」

裕香は、岡崎を横目で見て、思った。


「平林さん、今日は終わり?」


「はい、今日の作業は終わりました。」

「後、報告にあがります。」


「あっ、ここでもらって帰ります。」


「あっ、じゃあ、これ・・・」

裕香は、本日の作業報告書にサインをして岡崎に渡した。


「じゃあ、平林さん、お疲れ様。」

岡崎は、頭を下げ、事務所に帰った。



裕香は今日の出来事を思い出していた。


「あ~、最近ついてないなあ~。」


「あっ、焼酎お代わり下さい。」


「あまり飲むと、明日まで残るよ?」

振り返ると、その声の主は岡崎だった。


「あ~あ、岡崎さん。・・・」


「ちょっと、今日の話は、明日必ず、関係者にしてくださいよ!」


「わかってるよ!」

「そんな事は、忘れて忘れて。・・・」


「忘れたら、ダメじゃない。」


「あっ、そう忘れたら困る。」

「そうじゃ、なくて。」


「ちゃんとするから、信用してよ~。」

「まあまあ、ささっ、はい、もう一杯でおしまい。」

岡崎は、裕香のぐい飲みに焼酎を注いだ。


[岡崎さん、ここはいつから?]


[う~ん?]

[もう3ヶ月になるかな?]

[この近くに、会社の寮があるんだ!]

[で、1週間前から、平林さんいるの気づいてたよ!]


[じゃあ、早く声かけてくれればよかったのに?]


[えっ、それって、くどいてくれたらって事?]


[ちゃうちゃう。]

私は否定した。


[ははっ、それは残念ですね。]


[ええっ?]

この人は、私をからかってるのと感じた。


[へえ~? そうやって、女性ナンパするんだあ~?]


[うん、そうかも?]

[はははっ。]


[あっ、ここに生ビール1つ、それから冷たい、おしぼりと、チェスターも。]

岡崎は店員に注文した。


[あの、チェスターって?]

店員が聞きなおす。


[ああ、お冷、お冷。]


[あっ、はい!]


[へえ~?]

[結構遊んでるんだ?]


[遊んでる?]


[そう、チェスターなんて。]


[ああ、伯母がスタンドやってた。]

[で、高校の時、ボーイでバイトしたことあるし。]


ビール、おしぼり、そしてお冷が届いた。


[これ、首の後ろを冷やすと、明日楽だから。]

岡崎がおしぼりを差し出した。


[ここ?]


[そう、そこ。]


[あ~、これ気持ちいい~。]

頭がすっきりしてきた。


[それと、酒とか焼酎は、お冷飲みながらのほうがいい。]


[ありがとう~。]

岡崎に下心があれば、もっと飲ませただろう。


頭もすっきりして、岡崎より先にホテルに帰った。


帰り際に[勘定は割り勘ね!]と言ったら、岡崎はわかったと返事した。

寂しくもあったが、それは岡崎の配慮だったようだ。


翌日、朝の調整会議で、神崎が渋々、残材の片付け等3Sの徹底を唱えてくれた。

隣で、岡崎は”にやにや”していた。

神崎の嫌な顔が面白かったようだ。


功を奏し、その日からのシュミレーションは、問題なく進みだした。

おかげで、その日は、17時に予定通りに仕事が消化できた。

事務所に行くと、神崎は、目をあわさず、岡崎は笑顔でお疲れさん!と言った。


仕事が早く終わり、いつものように居酒屋に言ったが、岡崎には会えなかった。



 翌日、そしてその次の日も、仕事は順調に行き、あの日以来、岡崎との接点は

次第に無くなってゆき、居酒屋での接点もなくなった。


仕事が順調に行けば、それはそれでいいのだが、長期出張という事もあり、別の

寂しさがある。

同僚と遊べばいいのだが、殆どが妻帯者、それだけは出来なかった。


 そして、あの日から3日後総合シュミレーションに入った。

勿論、この総合シュミレーションも完璧に出来た。


[ふう~。]


[平林さん、残るは、リンクだけだね!]

[来週も、この調子でいけるよ!]

同僚の木村が言った。


翌日から、ここに来て始めての2日間の休み。



 朝から、市内観光に出かけ、いままでのストレスを発散した。


ホテルに帰ると、ふと学生時代の事を思い出した。


大学に入り、光男という男性と付き合っていた。

しかし光男は突然学校を辞め、裕香に何も言わずいなくなっていた。

いなくなった光男を探すわけでもなく、一生懸命SEの勉強を始め、結果プロ

グラマーとしてこの会社に就職し、そして今は、ここにいる。

もし光男がいたら、ここにはいなかったのだろうか?


[あ~、ダメダメ、ポジティブに行かなきゃあ。]

[頑張れ! 裕香]


 ふら~っと、あの居酒屋に出かけてみた。

そしてお店に入ると、岡崎がいた。


[この前はどうも!]


[あ~、平林さん。]

[あれ~?]

[今日は、遊びにいかなかったんだ~。]


[うん、行ったよ、市内観光に!]


[いい所あった?]


[それが、全然楽しくなかったわ。]


[んだね。]


[岡崎さんは、何処?]


[岡山だけど?]


[そうじゃなくて、実家よ、実家。]


[あ~、同じ岡山。]


[へ~、そうなんだ。]


[私は、福山、広島の・・・]


[そう?]

[じゃあ、近いんか?]


[そう、近いんよ~。]


[あはははっ。]

岡山と広島は方言が似かよっている。

また、この言葉を聞くと、親近感がグッっと沸いてくる。


[でも、なんで本社でなく、岡山の工場に配属されたん?]


[ん~?]


[俺も、よう、わからん。]


 [今日は?]


[あ~、もう3ヶ月、休んでない。]

[ホットまで、ずっと続く。・・・]


[へえ~、そうなんだ~。]


[建屋が建って、すぐに、こっちに来て、あっと言う間に。・・・]


 [もしかして今度は、こっちの勤務?]


[いや、それは無い!]


[ふ~ん。]


[岡崎さん、年は?]


[俺、26歳だよ!]


[あらそう、私も同じ。・・・]

たわいもない会話はつきないが、岡崎の事を思い、早々に切り上げた。

そして、月曜日。

今日は、リンクを含めたシュミレーションだ。

メンバー全員配置についた、そして、リンクさせる他社のメンバーも、それぞれ、

現場に散っている。


[もしもし、岡田君・木村さん・佐々木さん、startします。]


装置は、一体化して動作し始めた。

しかし、ここで、大きな問題が浮上した。

リンク先の装置に信号は送られているが、フィードバックされてこない?

 その装置は他社のシステムであるため、こちらの問題ではない。

何度繰り返しても、同じ結果が出る。


 この状況は、神崎所長と岡崎にも伝わり、現場に来た。


他社と話し合っても、答えが見つからない。


[うちのは、ちゃんと指令出てます。]

裕香は、強気で突っぱねた。

裕香の会社の面々も集まり、頷く。


リンクの相手方の会社の面々も、同じように異常は見当たらないと言う。


 [わかった、だけど、それぞれ、もう一回チェックしてよ!]

神崎所長が、業を煮やし、口を切った。


[神崎所長、ですから、ウチはOKです。]


[あんたも、わからない人だなあ~。]

[平林さん、男性と付き合った事あるんだろ?]

[少しは、融通利かないのかな?]


[・・・・・・]

裕香は、以前も神崎にこのセクハラ発言をされた事があった。

しかし、悔しかったが、黙るしかなかった。


[ちょっと、所長、それは平林さんには失礼ですよ!]

[彼女も、付き合ったとかという事で、ここで仕事しているのでは無いはずです

からね。]

岡崎が、口を挟んだ。


また裕香の会社の面々は、岡崎の言葉で喜んだ。


 [では、今から中継BOX確認します。]

裕香は、思わぬ岡崎の助け舟で、水を得た魚のように言った。


[平林さん熱くならない!]

岡崎が言った。


[でも、ウチの問題がないと証明するには、BOX見れば解りますから。]


[だから、熱くならないで下さいって、言ってるでしょ?]

それまで、温厚に努めていた岡崎の口調が強くなった。


 [平林さん、あなたがここにいると言う事は、スーパーバイザーじゃな

いんです。]

[今、あの場所に入るには、他の作業があって、危険なのですから。]


 [私達は、ここにいる、ここで関係している、全ての人々の安全を一番

に確保しなければ、

ならないのです。]

[少しは、理解して下さいよ!]

[所長も、この言葉が足らなかっただけですから・・・]


[・・・・]

裕香は、何も言えなかった。


[それと、皆さん、自社だけのチェックで、歩み寄る態度が見えませんが?]

[このリンク部は、お互い打ち合わせを、したはずですが?]


[先ほど両社の、シーケンスとプログラムは拝見させていただきました。]

岡崎の話は続いていた。

[だから。]

裕香は、また突っぱねようとした。


[熱くならないで下さい。]

[まだ、続きがありますから。]

[それで、総合的な動作をイメージして見て下さい。]

[情報が渡された時、あのハンガーが待機位置に回帰してないでしょ?]

[これは、あのハンガーが違った動作をしているという事です。]

[結果、フール・プルーフが働いたという事です。]


[岡崎君、わかるのか?]

神崎所長が聞いた。


 [はい、これはシステム上の問題でなく、仕様の問題です。]


[だれが打ち合わせしたんだ。]


[所長、それはここでは関係ないです。]


[おおっ、そうだそうだ。]

[で、原因はつかめたのか?]


[はい、ですから、ここのこうして、あそこをこうすれば。]


[両社共、これで出来ますか?]

神崎が質問した。


[はい、出来ます。]

裕香も、他社も答えた。


[えっと、じゃあ、時間は?]


[5分あれば・・・]


[よし、じゃあ、10分後にもう一度やってみよう。]

10分後、すべての問題はクリア出来た。

これには、両社の面々を含め、安堵の表情を浮かべていた。

勿論、一番喜んだのは、1週間後のコールドに間に合った、神崎所長であった。


2時間後、裕香は終了報告書を持って、事務所に向った。

神崎所長は、笑顔だった。


 [岡崎君、今日は?]


[あっ、21時頃かな?]

 裕香は、居酒屋でお礼を言おうと思ってた。


裕香は、ホテルに帰りその時間を見計らって居酒屋に言った。

そして岡崎は現れた。


[あっ、今日はありがとう。]


[何が?]


[所長の。・・・]

[あれは私も悪かったのかも知れないわ。]

[でも、とっても嬉しかった。]<

[で、あの時岡崎君がいった、Safety First!]

[あの言葉聞いて、そうだ、あなた達違う使命受けてるんだなって。]


[そうなんだ、円滑も、安定も、そしてスピードも。]

[でも、それよりも大切なのは、安全なんだよなあ。]

[統括部門だから、言えないこともあったしなあ。]

[あっ、よそよそしかったのも、それがあるからなんだ。]


[私も、初めての主任って肩書きで気負いしてたし、女だからって、なめられたく

なかったし。]


[うん、それはいつも感じてた。]

[だから、熱くなるなっていったんだ。・・・]

[ははは。]


[そうなんだよね~。]

[それが私の欠点なのよね?]


[まあ、それはそれでいいんじゃない?]


[それとお~。]

[・・・・・]


[何?]


[私、大学の時に、光男って名の男性と付き合ってたの。]


[おっと、それは俺には関係ない話。]

[君の楽しい思い出は、そっと胸のうちにしまっておけよ。]


[そうじゃないの?]


[じゃあ、同情してくれって?]


[違う、そうじゃないのよ。]

[だから、聞いてよ。]


[光男は単なるボーイフレンドだったの。]

[だから、いなくなっても何も感じなかった。]

[あっ、それに勿論、何もなかったし。・・・]


その夜、裕香と岡崎は二人で闇に消えていった。

そして、裕香は、この3日後、本社に帰った。


1週間後、コールドは安定かつ安全に進み始めた。

オペレータも、他の工場で学んだ成果を発揮しているらしい。


コールドの期間を追え、いよいよホットとなった。

県内の有力者や議員、そして社の経営陣等お偉方を招いてのレセプションも無事

終えた。

神崎所長もご満悦だったらしい。

裕香は、レセプションのお祝いメール岡崎に送った。


[博、元気ですか?]

[ホットも成功したようですね。]

[お疲れ様でした。]

[私も、来月からAssistant Managerという肩書きを頂きました。]

[また、このお話は、あの神崎所長が強く押してくれたようです。]


[それにより。・・・]

[それにより、スーパーバイザー職となったため、今後、現場を担当する事は無く

なりました。]

[先ずは、お祝いとご報告まで。]


[♪~♪]

[裕香、おめでとう。]

[俺は、今、あの居酒屋で一人寂しく飲んでます。]

[それから、神崎の件、ちょっと脅してやったんだ。]

[あれは、セクハラですから、やばいですよって。]

[でも神崎の力がそこまであるわけないじゃん。]

[Assistant Managerの要職は、裕香の実力で掴んだものだよ。]


[あっ、それと、俺も、今日辞令が出たんだ。]

[それで、来月から東海に転勤になった。]

[この内示は、先月もらってたけど、裕香にも黙ってたんだ。]

[ということで、来月から、よろしく頼むわ。]

[博。]


[ 完 ]