伝家の宝刀

伝家の宝刀

伝家の宝刀という言葉がある。丁度、足かせ世代や団塊の世代はこの伝家の宝刀を天下の宝刀と勘違いしている人も多いみたいだが。・・・
また、この伝家の宝刀は、いわゆる最終カードというか、最後の切り札というか、多くの年寄りが大好きなあの水戸黄門の出す印籠といったもの、いや、この印籠は昔の話だから別かな?

 

さっさと使い切る人は往生際が悪い

で、この伝家の宝刀は、これで駆け引き終了となるものに使用するのだが、民主主義の世界、こうした伝家の宝刀というものは全く無意味なものになっている場合もある。

今まさにこの伝家の宝刀を無意味に引き抜く年代が先に述べた足かせ世代や団塊の世代のようで、ここでそんなものを出しても無意味だよ!と言いたい事が多くある。

まず、家庭を顧みず、わが中心的に行動をしていたサラリーマン時代。
土日は朝から晩までゴロゴロしてるか、ゴルフかその他の趣味にいそしみ、近所の自治会との交流は家族任せ!

そして、定年になった後にふと良い事をと考え始め近所の公園から家の周りを散歩し始める。
そう、年金受給者なのでそれはそれは誰にも後ろめたさも感じなくても良いとでも思ってるのだろう。
何かを見つけては精力的に行動を始めるのである。

 

ご本人にとっては

それはご本人にとっては楽しいかもしれないが、過去に遡って考える事も無く、ただ年齢を重ねた事だけが今現在の状況なので、本来、過去に自治会のお手伝いをしなくてはならなかった事を忘れてしまい、今、それをやろうとしたときに、そう、役職をいただけると勘違いしているとなるのである。

そうだよ、あんた達これまで何もしてないので、まずは下っ端からはじめてくれない?
何も知らないものが大きな口をはさまれてもね・・・