出逢いは神の仕業、別れは人の仕業

出逢いは神の仕業、『別れは人の仕業』という。
この出逢いは神の仕業、そして別れは人の仕業といわれるのは、友人や恋愛だけだと感じていたが、それこそ身近なところにこの神の力と人の力を垣間見ることがあった。

そう、それは最近のモールだとかのテナントショップである。

どうやら名前というのは一種の呪い(まじない)とも言われ、アイテム(商品)にかけられた呪いにより、神が客をお店に導くとなるらしい?

そして、そのお店の店員が・・・

そう、せっかくお店に導き入れた客をその店員達が、せっかく神が私達客に良いアイテムと出逢わせてくれたのに、そこにいる店員によって、そのアイテムとの別れが発生するということとなる。

確かに、最近のお店のアイテムのほとんどは真新しいものはなく、派手めのものが多い、また、店員達が身につけることにより豪華さも増すが、その店員達の恋愛がほとんど自分が傷つきたくない一身からなのか?いわゆる相手に惚れさせるといった感覚の人が多いからか、恋多き女や恋多き男に見えてしょうがない気がしてくる。

 

すり込み?

実は真面目な店員さんたちが会社のいやお店の命により、いや命だけに没頭するからだろうが、せっかく導かれた客は、そういったラベリングしたくはないが、どうしてもそっちにいかされてしまっているような気もする。

そして、やがて客は挑発・誘惑によって導きいれられたものだけとなり、多くの客が離れていっている現実が・・・

これでうまくいけばよいのだが、良くない方向に行けば、向こう三軒両隣のお店までもが、その人通りが途絶えたおかげで・・・となるのだろうね?

そうそう、挑発や誘惑によって導かれしものは、やがて、さらなる派手めのものによって、あっさりと他へその身を移す・・・

これ、恋愛も同じだと思うよ?
まあ、俺だけそう思ってるかも?